聴覚障害者の方から昨日、昔の新聞を見させていただきました。昭和36年のものだったのですが、その新聞内の文章表記には結構驚かされるものがありました。
いわゆる差別用語の羅列で、現在であればかなり問題にあるであろう表現です。特に気になったのは「気の毒な方」という一塊の称号で書かれている箇所が数箇所あり、当時の理解の薄さや誤認を感じさせるものでした。
メディアにおける文章はそのまま発信メッセージです。企業においてはそのまま企業を映し出すものとして価値や評価につながるものです。現在はネットの普及により、自由に誰でも情報発信できる時代となってきましたが、その事には全て責任が伴うこと、それを十分理解した上で行う必要があるのです。
例えば昔を思い出して‥小学生の頃、作文をクラスで発表する時には多少緊張をしたものです。それが何かで選ばれて全校生徒の前で発表となったら何度も何度もチェックを入れて、繰り返し繰り返し練習をしたのではないでしょうか?それだけ責任を感じていたものです。
ましてネットなどのメディアは全校生徒の前だけではなく、全世界への発表の場です。ブログなどは文言を書いてエンターで即発信ですが、その発信内容には責任が伴うのです。